現在の日本に生きる人々は 自分が何のために何をしているかを 自覚していませんね

現在の日本に生きる人々は

自分が何のために何をしているかを

自覚していませんね

自分の精神性以外の外側の何かに

価値を求めて生きているから

いったんその価値が崩れると

慌てふためくことになる

精神性の欠如という点で

かなりレベルの低い時代と思う

現代世界全体がそうだが

物質主義、現世主義、生命至上主義です

欲望とか生活とか

そういったことの人生における意味と価値を

根っこからきちんと考えたことがない

だから、金融不安など大事件のように騒いでいるが

先が分からないのは別に今に始まったことではない

生存するということは

基本的にそういうことなのだから

ちょうどいい気付け薬だと私は思う

池田晶子さん

1998年4月1日 読売新聞

主体的に生きず

自分の外側にある相対的な評価に

生きることによって

何かがあれば自分以外の

他人やまわりの責任にできるわけです

ですが、何かがあると

他人やまわりの責任にするということは

問題に向き合う力を育むことを

放棄するということです

どういうことかというと

自分以外の社会や誰かが悪いわけですから

責任をその対象に丸投げし

問題の原因を探る必要がないわけです

問題の原因を探る必要がないということは

問題の原因がわからないわけですから

これからも同じ問題に遭遇するだろうし

問題に対応できないことを

繰り返してしまう可能性を持つということです

ようするに

自分以外の責任にして学習しないという

繰り返しですから

苦も繰り返すわけです

そういう生き方で問題なければいいのですが

問題ないわけがありません

問題があるのであれば

生き方を相対的から主体的な生き方に

変えていかねばなりません

相対的な生き方とは

他人の評価に合わせて生きることであり

主体的な生き方とは

自分の評価に拠るわけです

他人の評価に合わせて生きるなら

何かが起きても

当然、責任はないわけですが

主体的に生きるのであれば責任は自分です

責任が自分にあると思えば

問題が起きたときに

どうしてこうなった?と

考えることはできるでしょうが

相対的に生きて責任を丸投げしていると

このように考えることはありません

つまり主体的な生き方をしていれば

問題に向き合う力が

勝手に育まれていくわけですから

同じ失敗を繰り返すことはなくなり

だんだんとうまく生きれるようになるわけです

そして相対的な生き方から決別するためには

相対的な評価に揺るがない自分

になることが必要です

例えば、いい人、いい暮らし、いい親

という世間の評価に

自分をあわせるのではなく

また、自分のワガママや未熟さに

焦点を合わせて考えるのではなく

純粋にどうしたいのか?に

判断の視点を変えるわけです

よくある話ですが

会社を経営し収入もあり財産もある人と結婚

友人からは玉の輿だと言われ

うらやましがられたりしたけど

だけど本当はその人にそこまで

魅力を感じていなかった

一緒に住んでいるうちに

感覚が変化するかもと思ってみたが

変化することもなく時が過ぎ

ある日を境に

配偶者が仕事と収入を失い生活が一変

自分の時間も無くし、生活が苦痛になり離婚

という結果に至った理由は

その人に魅力を感じていなかった

という自分の気持ちに主体を置かず

自分の精神性以外の外側の何かに

価値を求めていた結果です

ようするに価値を求めた

相対的な拠り所がなくなったので

関係性も壊れてしまったわけです

このように考えてみると

相対的な積み重ねを繰り返していても

苦が減ることはないということです

拠り所とするものが

自分の外側にあるわけですから

あればあったで維持したいという苦

そして心配や不安という苦を創り

なくなればなくなったで

怒りや情けないという苦を創ります

逆に主体的であれば

結果はあまり気になることはありません

例えば運動が好きな人は

運動をすることが目的であり

運動していることが楽しいわけですから

運動をしている自分を見て

ほめてもらいたいわけではないし

ほめる人がいなくなれば

運動をやめるということにならないわけです

自分の使命がわからないなどと

よく耳にしますが

人の評価や流行などは

どんどん変わるものですから

人の評価に合わせて生きていれば

自分がわからなくなるのは当然です

主体的に

だけど未熟ではなくワガママでもない生き方

そういう生き方の先に充実感はあり

自分だけが手にすることができる幸せがあるのです

それがどんなものか知りたいのなら

今すぐ覚悟を決め

自分を中心に据え

世の中に自分を表現していくこと

そういう生き方こそが

ただ生きているではなく

よく生きるということではないでしょうか?

池田さんは最後にこう書かれています

ただ生きるのが価値なのでなく

善く生きること

つまり

より善い精神性をもって生きる

ことだけが価値なのです


人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。