お互いに相手を引き出すの 自分だけでは「自分」になれないもの

お互いに相手を引き出すの

自分だけでは「自分」になれないもの

岡本敏子さんの言葉です

釈尊の説いた縁起の法は

相互依存の法です

相互依存の依存とは

自分に足りないところや欲しいものなどを

相手になんとかしてもらおうという

弱さからイメージされるような依存ではなく

お互いが影響をしあい

人間は成り立っているということであり

全てのことは自分だけの力で成し遂げたのだ

などという傲慢な思考ではなく

全てが依存し影響しあっているのだから

全てはおかげさまであり

そもそも自我というものもないのだという法を

基準にした依存です

今日の言葉は

その縁起の法を表現した言葉です

言葉にある

「お互いに相手を引き出す」には

己の個が立っていることが必要です

自分は自分ひとりで立っていて

相手も相手ひとりで立っている

それが絶対条件です

相手に面倒をかけていれば

相手は自分のことに力を使います

そうなると相手は

相手の現状をプラスマイナス0にすることに

己の力を使ってしまい

新しいなにかを創造するところまで

いきつかなくなるものです

例えばチームで何かゲームをするにしても

ゲームに集中できてない人がいれば

その人は自分ひとりで

自分の気持ちを保てないわけですから

ゲームに向かう前に

その人の気持ちを安定させるため

まず力を使わなければならなかったりします

自分の事は自分で処理できるもの同士

いわゆる自分ひとりで立っている人同士であれば

自分事は自分の問題、目的は目的と

分けて考えることができます

そうであればお互いに

目的に対してクリアな状態で挑めるわけですから

自分の全力を出すことも可能なわけです

自分の今まで磨いてきた能力を

目的に向かって出し

相手も今まで磨いてきた能力を出す

そうすることで

お互いの能力が相互に影響しあい

足し算されたり掛け算されたりしながら

目的に向かって力が向けられ

自分ひとりの力ではできなかったであろう

新しい可能性や景色を

お互いに見ることができるわけです

自分ひとりでは自分の全ての可能性に

気づくことができない

それが今日の言葉にある

自分だけでは「自分」になれない

ということであるし

全てはおかげさまに通じ

相互に影響を与え合う依存の関係であるという

釈尊の説く縁起の法にも通じるわけです

当たり前のことだと思いますが

自分のことは誰かの力をあてにせず

自分が中心になり成そうとする

相手もまた誰かの力をあてにせず

自分でやり、または成そうとしている

そのような人が集まるからこそ

新しい何かを創造していくことに

つながっていくわけですし

自分が中心になり成そうとするからこそ

人の応援やおかげさまが身に染み

当たり前は当たり前じゃないと

感謝することもできるわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

今日もお読みいただきありがとうございました!

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