すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる

すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる

小泉信三さんの言葉です

向上心があり

人生をより良いものにしていこうと

様々に学んでいる人も多いです

向上心がある人達と話すことは

貴重な時間になり、また学びになるので

自分にとっても

とても有り難い時間だといつも思います

ですが様々に学ぶことはとても大事なことですが

今日の言葉のように

すぐに役立つようなテクニック系の学びでは

すぐに使えなくなったり

またこの場所や状況では使えないということにもなり

根本を解決する学びではない場合が多いわけです

せっかく学ぶのであれば、小手先の学びではなく

人生の糧になるような

源泉にアプローチする学びがいいし

またそれが大切ではないかと思います

私が考えるテクニックとは

自らの経験「のみ」を発端とするものでは

ないだろうかと思います

経験はとても大事なことだし

豊かな人生を送るには必須条件ではありますが

逆に言えば

個人の経験はあくまで個人の経験であり

状況も環境も

その時に揃っていた狭い中でのノウハウでしか

ないわけです

先程も書きましたが

経験は豊かな人生への必須条件です

経験を積めば積むほど

豊かさは近づいてくるわけですから

経験をつむことは素晴らしいことですが

学びとしてとらえてみた場合

経験を積むこととはまた別の話であり

自分の経験を学びとして

提供するまでに昇華させるには

自らの経験を

今までの歴史や様々な環境や文化

そして先人の思想や哲学などと

重ね合わせて考慮し、検証し

その中から共通項を探ったり

不変であろうと考えられるものを

抽出する作業が必要だと私は考えます

その作業には謙虚さが必要であり

先人の思考を虚心坦懐に受け入れ

自らの経験と混ぜ合わせ

同じ道の上にあるであろうとするところを探る

ですが、どんなに素晴らしいと思う思考や行動でも

時代によって求められるものが違うわけですから

謙虚さを保ちながら

盲目的に鵜呑みにしてはならず

また、傾倒しすぎないようにする

ようするに

バランス力を持って判断していくことが

必要とされると思うわけです

そのように考え、検証をしていくと

あるひとつの事実につきあたります

それは、世に様々なテクニックはありますが

目指す根っこというか

頂上に続いている道は

実はほとんど同じであるということです

例えば日本仏教では

大きく分けて13宗派などど言われます

その思考や導き方は当たり前ですが

どれをとっても全く同じものはないわけです

例えば、命が尽きてから救済されるという教えや

即身成仏、生きているうちに救済されるという

教えの違いはあったり

救済に至るには千日回峰のような苦行から

南無阿弥陀仏と唱えればいいという違いはあれど

実は目指す場所はだいたい同じであるわけです

ようするに何が言いたいのかというと

テクニックは言い変えると道や手段のことですから

必ずその先に続くゴールが必ずあるわけです

そしてそのゴールを

発信者が何処に設定しているかによって

自分が学ぶに足りるかどうかが見えてくる

例えばテクニック→お金がゴールであれば

テクニックをお金にすることがゴールですから

求めていたものと違うかもということです

簡単なものでなんとかなるのであれば

苦労をすることはないでしょう

だからといって「すぐに役に立つこと」を

避ける必要もありませんが

その先のゴールは何処か?を想像してみるのは

それぞれに必要なことではないでしょうか

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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広島市復興連携本部

今日もお読みいただきありがとうございました!

ご縁に感謝!

コメント

  1. 原田和宗 より:

    日々、色んなチャレンジを自分なりにしています。
    その度に、もう少し上手く出来たんじゃないか、
    とか、あの表現で正しかったのか?
    などと、自分に問いかけています。
    目標に辿り着けそうで辿り着けていないのは
    矢張り、自己成長がまだまだ途上だと言う事だと思い、
    学ぶ姿勢を常にとって行こうと思います。
    日々、色んな相手から色んな気づきを
    頂いています。
    ありがとうございます。

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