どうして人は人に好かれることが好きで 嫌われることが嫌いなのか

どうして人は人に好かれることが好きで

嫌われることが嫌いなのか

好きだと言われれば

嬉しくて幸せな気分になり

嫌いだと言われると

傷ついて悲しくなるのはどうしてなのか

このことは一度考えて納得しておくと

友達関係に敏感な君たちの年頃は

あるいは悩みが減るかもしれない

特に最近の君たちは

人に嫌われるということが

とにかくイヤなことのようだ

イヤというよりも怖いというくらいなのかな

人に嫌われるのが怖い

人に嫌われたくない

そういう思いで友達づき合いや

友達探しをしている人が多いみたいだ

人に嫌われたくないそういう人は

当然、人に好かれようとする

例えば自分をよく見せようとしたり

逆に目立たないように

皆と同じようにしようとしたり

心の中であれこれ工夫をするだろう

そういうことをしているうちに

何だかくたびれてきて

こんなの本当の私じゃないな

本当の友達がほしいなと

思うようになるのじゃないのかな

君が本当の君じゃないから

君にはいつまでも本当の友達ができないんだ

人に嫌われたくない、好かれたいというその思いが

君を本当の君でなくしているんだ

だって、人から好かれようが嫌われようが

人が君をどう思うが、君は君でしかないじゃないか

本当の自分じゃない君に

どうして本当の友達ができるだろう

本当の友達というのは

いいところも悪いところもありのままに見せ合って

それでも互いに好き合っている関係のことを言うんだ

ありのままの自分なんか見せたら

嫌われるかもしれないって?

かまわないじゃないか

ありのままの君が嫌いな人は

友達にならなければいいだけじゃないか

本当の自分ではない

自分に自信がない人ほど

人に嫌われたくなくて好かれようとするだろう

だけど、そんなふうにして

人の気を引こうとしている人が

人にとって、どうして魅力的だろう

君だってそういう友達は

わざとらしいな、つまらないなと感じるはずだ

池田晶子さん

14歳の君へ-どう考えどう生きるかー

他人の評価に自分をあわせて生きるのは

自分の人生とはいえません

そして他人の人生に自分をあわすということは

我慢をするということです

日常的に我慢をしていると

何も悪いことをせず

真面目に頑張って生きているのに

息苦しさを感じてしまう人生になるわけですし

我慢という土台の上に人生を積み上げても

豊かで幸せな人生になるわけがないのです

自分らしく我慢せず生きることと

嫌われたくないというのは

一見矛盾する生き方のように思えますが

全く矛盾していません

なぜ嫌われてしまうのかというと

自分らしく我慢せず

まわりに対して我欲を貫こうとするからであり

わがままを貫こうとせず

自分らしく我慢しない生き方であれば

嫌われることはないのです

あなただけの我欲を貫こうとすれば

まわりからの抵抗にあうものです

そして我欲を貫けたとしても

そこにはあなたの代わりに

我慢をしている人がいるわけです

そしてもし逆の立場で

自分だけの我欲を貫こうとする人が

あなたの目の前に現れた場合

同じように抵抗したり

嫌な思いや我慢をすると思いますが

ようするに我欲というものは

自分だけ、もしくは一部の人だけの欲求を

叶える行為であるわけです

ようするに

お互いに我欲を持った者同士が

関係を構築していこうとすると

我欲を出し合うという

お互いの人間性が変わらなければ

いつか必ず破綻したり

前向きに関係を構築していくことを

諦める日がやってきます

我欲を持ち、我欲に支配され

我欲が行動する基準になった人は

我欲を達成することに執着し

我欲を叶えようと行動しますので

そうなると我欲が達成されても

誰かを我慢させるという苦を発生させ

我欲が達成されなければ

思うようにかないという苦を発生させ

いずれにしても苦の存在が

いつまでもつきまとい

穏やかな日々を得ることができないわけです

我欲とはエゴであり自我ということですが

自分の「それ」とうまく付き合うことが

人の目を気にして自分を抑えたりすることもなく

人間関係を構築する答えになるのではないでしょうか

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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