よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ 盗む方にもキャリアが必要なんだ

よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ

盗む方にもキャリアが必要なんだ

立川談春さんの書かれた「赤めだか」より

「談志の初稽古、師弟の想い」の章の中から

立川談志さんが言ったとされる言葉です

何事についても

また、どのような道もそうだと思いますが

渡す側と受け取る側の違いというのは

往々にしてあるわけです

見て盗むというやり方を否定はしませんが

それだけでは駄目だし

そんなに簡単なものでもないわけです

釈尊のとった説法のやり方は

対機説法といいます

対機説法とは相手にあわせ

相手が理解しやすい話をすることです

例えば夢はかなうという言葉

この世は縁起の法などもそうであるが

全ては縁によって起き

全てのものはみな相互依存していて

誰ひとりとして単体で存在を証明できず・・・

ようするに全てはおかげさまである

などと、かなり中間を省きましたが

このような世の法則に対する知識がある人が

「夢はかなうもの」というのであれば

そうだなとなるわけです

ですが世の法則を知らない人が

「夢はかなう」というと

なんだか神頼みのように感じてしまい

それでは難しいかもしれませんので

「夢はかなえるもの」という思考に

変えていけばどうでしょうかとなるわけです

片方は夢はかなうでよくて

片方は夢はかなうではよくない

ということになりますから

矛盾はしていないのですが

一見、話が矛盾してしまうわけです

余談ではありますが

釈尊が対機説法をしていたので

話がどうも矛盾している

釈尊は何を伝えたかったのか?という疑問が

後に記録に残すとき多々あったそうですが

総合的に見て矛盾しているようでも

そのように話をしなければ

聞き手からすると

話し手が伝えたいことすら

想像もついてないことが多いものです

話し手は聞き手に合わせた内容で話すわけですが

それは話す内容をきちんと体得していなければ

できることではありません

理解し体得したうえで

相手のことを考え想像しても

聞き手に伝わりにくいこともあるわけです

その反面、盗めるというぐらい

聞き手が精進し成熟してくれば

あとは何もしなくても

聞き手が吸収していくということもあるわけです

どのような道を極めていくにしても

話し手の精進も必要であり

聞き手の精進も必要であるわけで

自分という小さな我を捨てバカになる

そして言葉を聞くのではなく

心を聞く、その真意を聞くというのが

大事なことではないでしょうか

よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ

盗む方にもキャリアが必要なんだ・・・

この言葉のあとにはこう続いています

最初は俺が教えた通り覚えればいい

盗めるようになりゃ一人前だ

時間がかかるんだ

教える方に論理がないから

そういういいかげんなことを云うんだ

いいか、落語を語るのに必要なのは

リズムとメロディだ

それが基本だ

ま、それをクリアする自信があるなら

今でも盗んでかまわんが

自信あるか?

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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この上ない喜びです

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