不幸の原因の90%は、「人と比較するから生じる」と言われています。

不幸の原因の90%は、「人と比較するから生じる」と言われています。

たしかに隣の家の芝生はかならず青く見えてしまうもの。

だからといって「人と比較しなくていいんだよ」と、言いたいわけではないんです。

人はかならず人と比較してしまう生き物だからです。

ならば、不幸になる比較ではなく、幸せになる比較をすればいいんです。

幸せになる比較とは、「同じ」じゃないことを悩むのではなく、

「違い」を認めてあげることからはじまります。

「違い」のなかに「自分らしさ」が隠れているからです。

きょうりゅうといぬ どっちがつよい?

さく・のぶみ ひすいこたろう

絵本作家ののぶみさんと、ひすいこたろうさんの絵本

「きょうりゅうといぬ どっちがつよい?」の後書きに書かれている

ひすいこたろうさんの言葉です。

自己肯定感をもっていれば、競争や比較をしても、全く問題ないものです。

勝とうが負けようが、向上や成長につながったり、

世界を広げるいい機会になります。

自分を認めている人であれば、

勝ったら「ありがとう」「自分とまた向き合うことができました」

負けたら「すごいね」「俺も見習おう」

などとなりますので、比較も競争もOKなのですが

自分を認めてない人が競争や比較をすると

さらに自分を否定することになる場合が多いわけです。

隣の家の芝生が青く見えるのは

わたしの芝生に自信がなく、

わたしの芝生に満たされてないからです。

「わたしの芝生、いいでしょ。」

「わたし、この芝生、気に入ってるの。」

と思っていれば

あまりよく見えることはないと思いますが

仮に隣の芝生がよく見えたとしても

「あなたの芝生もいいわねえ」

となり、不幸になる比較にはならないわけです。

「自己肯定感」とは「あるがままの自分を認める」ことです。

あるがままの自分を認めず

「わたしは○○にならなければならない」と

自分を追い込むような生き方をしている人は

一見、向上心がある人に見えますが

ようするに、あるがままの自分に満足していない人ということです。

まず、あるがままの自分を認めたうえで

○○目指してがんばってみようは大いにいいのですが

自分を認めるために、○○を目指すのはいけません。

例えば、美しくなければ・・・

趣味や特技ぐらい持たなければ・・・

という言葉の裏には

「美しくなければ・・・モテない」

「趣味や特技ぐらい持たなければ・・・いい人生は送れない」というように

必ず「○○でない」という否定の文章が続いてしまうからです。

そして、否定の文章が続く限り、否定の人生も続きます。

そして、そんな人生が幸せであるはずがないのです。

「あるがままの自分を認める」

それをわかりやすく言えば

ひすいさんか書かれているように

「違い」のなかに「自分らしさ」が、隠れているんだよ

ということになるわけです。



人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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