世界には苦しみがあふれているが 苦しみを克服した人たちも 同じくらいたくさんいる

世界には苦しみがあふれているが

苦しみを克服した人たちも

同じくらいたくさんいる

ヘレン・ケラーの言葉です

苦しみをどう受け止めるか

その苦しみにどう対処するかは

人それぞれですが

その受け止め方や対処の違いによって

その後の人生が変化するわけです

また、全ての苦楽は自分を磨く機会であり

苦楽をどのように受け止めたかによって

自分がどんな人間かを知ることもできる

という一面もあります

今日の言葉は決して大げさではありません

苦しさに立ち向かい克服してきた人も

たくさんいるわけです

そう考えてみると

苦しみが幸せを妨げる原因ではなく

また逆に考えると

幸せを感じることができないのは

苦しみのせいではないわけです

人生は自分の思考習慣ひとつで

どのようにも変わります

幸せを感じることができない

思考習慣しか持っていなければ

まわりから見て

どれだけ幸せな出来事に遭遇しても

幸せはあまり視界に入らず

幸せでないことしか

見つけようとしないものです

例えば一杯のご飯

農家さんが何か月もかけて作り

収穫したお米を誰かが運搬し

店の人が受け取り店頭に並べ

それを購入し洗米し、炊飯器が炊き上げ

初めて食べることができるわけです

茶碗一杯のご飯に

どれだけの人の手がかかっているかを

感じるのは

何かを手に入れなくても

簡単にできることであり

すぐに幸せと感謝を

感じることができることです

お金を払っているからではありません

お金がいくらあっても

一連の流れの中で誰かが一人でもやらなければ

いくらお金があっても

ご飯をいただくことはできないのです

一杯のご飯でそれです

食卓に並ぶ料理について同じように考えてみると

相当な人の手が加わっていることや

または命が加わっていることも

理解できるはずです

日本が相当な数の食品が廃棄している国なのは

こんなこと考えたこともない

もしくは当たり前だという思考習慣を持つ人が

多いからなのかもしれません

その反面

同じご飯で感謝を感じることができ

当たり前ではないということに

気づくことができるのも思考習慣であるわけです

そのように考えてみると

豊かさや穏やかさを手にするのか

それとも苦しさに心を支配されたまま

心が荒む人生を歩くのかも

自分の考え方ひとつであるわけです

環境や誰かの責任ではなく

全て自分次第であるということが理解できれば

自分だけでどうにかできることであり

しかも誰にでもできるだということも

同時に理解できるはずです

ですので悲観的になることもなく

難しく考えることも必要ありません

体に栄養が必要なように

心にもいい栄養を与え続ければいいわけです

心の栄養とは思考です

恨みや妬み、怒りなどをみようとした一年と

感謝、満足、喜びなどをみようとした一年では

どちらがいいかなど考えるまでもありませんし

またどんなに豊かな心を持つ人でも

恨みや妬み、怒りなどを与え続けていれば

やがてどんな人になっていくかは想像もつくはずです

一杯のご飯に感謝を感じて生きる人と

一杯のご飯など当たり前

もしくは眼中になく

もっとうまいものが欲しいと生きる人

同じ一杯のご飯ですが

思考習慣が違えば

当然違う人生になるわけです

それと同じように

苦しみをどのようにとらえるかは

その人の思考習慣によって違うわけであり

どのような思考習慣を持っているかによって

出来事や人間関係など同じ出来事でも

受けとり方が変わるわけです

どのような思考習慣でも

人それぞれでいいわけですが

穏やかに豊かに生きたいのであれば

難しく考える必要はなく

今現在とその先が

豊かにつながるようなことを常に考え

その思考を習慣化すればいいだけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇

土砂災害の
ボランティア情報はこちらまで↓↓

広島市復興連携本部

この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

今日もお読みいただきありがとうございました!

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。