人生から返ってくるのは、いつかあなたが投げた球

人生から返ってくるのは、いつかあなたが投げた球

 

 

斎藤茂太さんの言葉です

 

 

 

スピリチュアル的な話ではなく

当たり前の科学的なお話です

 

人間は考えたことを行動に移します

 

例えば本屋に行きたいと考えながら

和菓子屋さんには行きません

 

当たり前といえば当たり前なのですが

ようするに自分が考えたことが

結果につながるわけです

 

 

 

 

 

そして普段、考えていること

願ったりしていること

 

そういったことがすぐに現れることもあるし

時間を越えて現れることもありますが

 

どちらにしても

自分が考えて創造したものであることは

変わりがないようです

 

 

 

 

 

「こういうときにかぎって」という場面があります

先日、自分もありましたが

 

「今、ここでなくても」という状態は

まわりの力も関係することですから

どうにも避けることができません

 

来るときは来てしまう・・

これは縁ですから仕方がないことです

 

ですが、今は来てほしくないなと思う

「こういうとき」を創造したのは

他の誰でもない自分であるわけですから

 

この場合はやはり

自分が創造したものであるということになります

 

 

 

 

 

ですがそういう場面ばかりではなく

まわりからの影響が不意打ち的に

連続で続くこともあります

 

この時ばかりは

「自分が創造したわけじゃない」と

考えたくなりそうですが

 

自分が発端となった

いわゆる「不意打ち」が

かつて誰かに影響を与えたことがあり

 

それが返ってきたのかも知れませんし

 

また今後

誰かに与えるためのバランスかも知れません

 

 

 

 

そんなことを考えていると

「なにもできない」と思ってしまいそうですが

全くそうではなく

 

人はみな、お互いが支え合い

迷惑をかけあい、優しさをもらいあい

生きているわけですから

 

こういうときにかぎってと心を乱されず

以前渡したバトンが返って来たのか

 

誰かに渡すためにバトンが

自分の手元に来たのだと楽に考え

 

起きた出来事に一喜一憂せず

生きてきていけばいいのではと思うわけです

 

また、この世に起きることは縁ですし

縁をコントロールすることはできませんから

 

その縁を受けて一喜一憂していては

いつまでも心を乱されてしまいます

 

 

 

 

 

結果とは

そのときのひとまずの結果でしかありません

 

渡したバトンが

相手を必ず苦しめるということはなく

 

相手の受け取り方次第で

いいことはよくないことに

よくないことはいいことにと

 

結果が反転する時がきます

 

例えば、いいバトンを渡したつもりでも

そのことがきっかけで調子に乗り

大きな失敗につながったということはあるし

 

逆にその大きな失敗をしたからこそ

今の自分があると

今胸を張っていることはあるわけです

 

 

 

 

ですので今日の言葉のように

出したものが返ってくると考えながら

人生を明るくとらえつつ

 

起きてしまった今に一喜一憂せず

出来事にとらわれないようにしてみるだけで

 

見える景色が変わってくるのでは

ないでしょうか?

 

 

明日のことなど

誰にもわかるわけないのですから

 

 

 

 

 

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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広島市復興連携本部

今日もお読みいただきありがとうございました!

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