人生は不思議なもので、同じような考え方、趣味、気質の人間が自然と寄り集まってきます

人生は不思議なもので

同じような考え方、趣味、気質の人間が

自然と寄り集まってきます

これを類友の法則といいます

その人のつき合っている人を見れば

その人がわかります

ジョセフ・マーフィーの言葉です

今日の言葉をもとにすると

自分が選択し親しく付き合っている友人や

彼氏、彼女や配偶者の

批判や愚痴を言うということは

自分が選んで親しくしている人に対して

言っているわけですから

すなわち自分のことを言っている

ということになるわけです

ですがこれはあまり知られてないのか

こういった方はとても多いのではないでしょうか

何が原因でそうなるのかというと

許せない人であることが多いのでは

と思うわけです

自分を許せないのだから

まして他人を許すことなど

できるわけがないという人です

許すことができなければ

毎回、自分の責任にするのはつらいわけで

だから何か不快な出来事がおきるたび

自分以外の責任にするわけです

諸悪の根源は○○ですと

自分の不快を誰かの責任にしてしまう

例えば、自分が不幸なのは親の責任です

自分が不幸なのは配偶者の責任です

自分が不幸なのは会社の責任です

だから自分はわるくない

自分も昔はそうでしたし

実はほとんどの人がこの思考を持っています

ですので、こう考えたい気持ちは

同時に理解もできるのですが

こう考えてしまうと

実は元も子もなくなってしまいます

ようするにこの思考では

何が起きたとしても

反省と学びにつながっていかないので

己が成長することができず

成長することができなければ

問題を解決する能力も成長しないので

同じ不快がずっと続いてしまうというわけです

不快を○○の責任とするのは簡単です

少なくとも自分は傷つかないでしょう

ですが考えてみると

自分の幸せや自分の不快であるにもかかわらず

自分の責任にしないというわけですから

擁護されている人のように

振る舞うことができる

素晴らしい思考だと一瞬考えてしまうわけです

仮にそう考えたとしても

幸せであれば全く問題ないのですが

はたしてこの思考を続けていて

みんな幸せになれるのかということです

このやり方で間違いがないと

多くの人が思っている

またはどうすればいいかわからない

ほとんどの人はこういう思考なのではないかと

考えたわけです

で、実際に聞いてみると

このような思考で

幸せだという人はいませんでしたが

中には幸せと答えないと

幸せにはなれないみたいな感じで

何とも言えない表情をしながら

幸せですと言う方もいました

今回はそのような人はカウントしていませんが

幸せだと思いながら生きるということだけでも

効果はあると思います

ただしある程度のところまでやりきる

ということと

その行動がどういう意味を持ち

今後の自分にどう影響してくるか

ということが理解できてなければ

まぐれ当たりを期待するようなものでしか

ないようにも感じます

そもそも幸せかどうかなんて

本当に幸せな人から見れば

だいたい見ればわかるものではないでしょうか

人づきあいが嫌だからと田舎暮らしをはじめ

穏やかな日々に満足していると言っても

それはただ現状から逃げただけであり

実際は何の問題も解決してはいないし

自分自身は何も変わってないわけです

本当の穏やかさというのは

状況も環境も選ばない穏やかさです

ですので成熟した人はみな

何処にいても誰といても

出来事にも左右されず穏やかでいれるわけです

ただ退避することは

時には必要なことであるわけです

限界を超えているのに

現状に固執する必要はありません

ですのでどんどん退避してもいいのですが

退避した後に

自分の向かう場所を見据えた退避でなければ

単純に逃げる習慣がついてしまうだけです

自分の幸せや不快な出来事に対して

自分で責任をとれない思考では

永遠に他人任せ、風任せであるので

自分の幸せの責任者は他人になってしまい

その結果、幸運を期待するしかなく

いつも思うようにならない状態が

慢性化してしまうわけです

そして自分の幸せの責任者に

他人を任命したのであれば

一切の権限は自分にはなく

他の誰かにあるわけですから

自分の思うようにいかなくても

また幸せでなくても

本当は何も言えないわけです

自分の幸せの責任は誰かに

だけど自分は幸せになりたいという

思考でうまくいくなら

この世に悩む人はひとりもいないはずです

ですがそれすらも理解できない人が

世の中にはたくさんいるわけで

またその思考が

自分を苦しめる思考であるということにすら

気づいてない人が多いわけです

全てはあなたにちょうどいい

という言葉がありますが

そんな人のまわりには

そうだよねと同意してくれる人ばかりで

そこにいて、その思考を持ち続けると

永遠に解決しないよということを

言ってくれる人はあまりいないわけです

それを類友の法則と言ったりもしますが

自分、自分と思考する人と

利他の思考の人では

「俗世的」にはバランスが取れないものであり

やはり全ては今の自分にちょうどいいわけです

そしてそのことが理解できていない人が

自分が不幸なのは○○の責任です

と、自分の幸せの責任者に

自分以外を指名し

同じところを同じようなメンバーで

ぐるぐる回っているわけですが

その輪から抜け出すには

類友の法則が世のルールなのですから

自分が自分の思う幸せに

相応しい人になればいいだけです

例えば穏やかな人たちと

穏やかな人生が送りたいなら

まずは自分が穏やかになればいいわけで

ルールは非常にシンプルなことであるわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

今日もお読みいただきありがとうございました!

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