人間というのは、どうしてこんなに勘違いをするのだろう 何故、間違った捉え方をするのだろう

人間というのは、どうして

こんなに勘違いをするのだろう

何故、間違った捉え方をするのだろう

何故か誤解が多い

誤解をするのは理解力が足りないからではない

理解しようとしていない

自身の願望によって妨げられている

ということがよくわかる

ようするに

自分が解釈したいように認識してしまうから

見誤り、間違え、そして馬鹿な考えへと

行き着いてしまうのだ

森博嗣さんの言葉です

ひとり一宇宙という言葉があります

ひとりひとりがそれぞれ

宇宙という別々の世界を持っている

という解釈ができます

先日横断歩道で

信号を渡ろうと待っていると

一台の車が駐車するのが狭くて難しいようで

バックライトをつけたまま

歩道に乗り上げ停止していました

それを見た車を出そうとしていた人が

スムーズに出れる方向は

駐車待ちの車にふさがれていたため

駐車待ちの車が止めやすいよう

反対方向の歩道を越えて

無理矢理に出ようとしていました

そこに自転車に乗った女性が通りがかり

車に歩道をふさがれているのが

気に入らなかったのか

そのドライバーを睨んで罵倒し

信号を待っている私の目の前を

走り去っていきました

この場にいた人は

車のドライバー2人と自転車の女性の3人ですが

同じ状況にもかかわらず

それぞれ思考と思いは違うわけです

ですがこの3人に

共通していることがひとつだけあります

それはそれぞれに正義があり

自分の思考は間違いではないと

思っているということです

駐車したい人は

無理をして接触してはいけないと

思っているかもしれません

車を出そうとしていた人は

出たいが出れないし

先に駐車してもらうか

無理矢理このまま出ようかと

思っていたかもしれません

自転車の女性は

安全に自転車に乗ることがこの状況ではできない

と思っていたかもしれません

それぞれに自分の思いがあり

状況ごとに選択をしながら生きているのが

我々人間なわけです

誰が正しいという議論をしたいわけではありません

そのような議論は全く不毛なことですし

絶対的な正しさなどないわけですし

ひとり一宇宙を否定してしまうことになります

ですが反面、そう考えてしまうと

人間として生きる以上

それぞれの宇宙がぶつかり

争いは避けて通れないのかと思ってしまいます

今日の言葉にあるように

自分が解釈したいように認識してしまうから

見誤り、間違え、そして馬鹿な考えへと

行き着いてしまう

という事実が人間であるわけですから

誤解、勘違い、間違った捉え方を

修正するという作業をしないかぎり

争いはなくなりませんが

人間は神ではないわけですから

完全には難しいわけです

では人間は神にはなれないから

争いはなくせないのか?

私はそれぞれが謙虚さを持つことで

なくせるのではないかと思っています

頭の片隅に「自分は完全ではない」という

謙虚さを持つことは

人生を豊かにしてくれるひとつの真理です

謙虚さがあるから感謝ができ

謙虚さがあるから向上心につながり

謙虚さがあるから思いやりが持て

自分もまだまだ未熟だからという

謙虚さがあれば

自分も他人も許すことができますので

争いはなくなるのではないでしょうか?

謙虚とは、今の自分を認めたうえで

次のステップにいくための思考ですから

自虐ではありません

また謙虚さがあるから

無理矢理やらなければではなく

今の自分の在るがままを認めて

まだまだ頑張っていこうと思えるわけです

正義や勝つことばかりを考えていると

その先には必ず争いが待っています

勝ち負けは昨日の自分だけとやり

まだまだ未熟者だと思いながら

穏やかに生きてみてはどうでしょうか?

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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広島市復興連携本部

今日もお読みいただきありがとうございました!

ご縁に感謝!

コメント

  1. 原田和宗 より:

    自分自身の正義が有り、その正義が相手に通用するとは限りません。
    なので自分が絶対という論議は通じません。
    相手には相手の正義があるのです。
    そのことをしっかり認識しておくことで
    争いは避けることが出来ると思っています。
    そのキーワードが『謙虚』ということですね。
    私のテーマの一つでもあります。
    今後も気をつけていこうと思います。

    尚、余計なことですがラスト3行で何が言いたかったのか
    気になるところです。

    本日もお世話になりましてありがとうございました。

    • バサラ行者 より:

      勝負を他人とするのではなく
      「昨日の自分より今日は成長しているか」という感覚で
      昨日の自分とする

      他人との勝負はキリがありませんが
      謙虚さが元になる昨日の自分との勝負からは
      争いは育ちません

      傲慢になることなく謙虚に生きていれば
      争うことはなくなりますから穏やかに生きれると思います

      といった意味ですが、表現がうまくできず失礼いたしました

      • 原田和宗 より:

        あ~なるほど!!納得しました。
        私の読解力では真意を読み取れませんでした。
        ありがとうございます!

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