仏法は人の知るべきにはあらず この故に昔より凡夫として仏法を悟るなし

仏法は人の知るべきにはあらず

この故に昔より凡夫として仏法を悟るなし

道元禅師(正法眼蔵)の言葉です

仏法は凡夫には理解することはできず

また凡夫で仏法を悟った者はいない

という意味です

この場合の凡夫とは優秀でない人

学びが足りない人という意味ではありません

この場合はむしろ

知識があればあるほど

凡夫と言えるのかもしれません

どのような人でも

自らが持っている知識の範囲で

何かを眺め、判断しているものです

そして知識があればあるほど

知っている範囲で判断する傾向は

強くなるものかもしれません

ですが悟りの世界とは

私がまだ知らない世界にあるものであり

私の知識で想像できる範囲を越えているものです

もし私の知識で想像できる範囲内に

悟りの世界があるのなら

ある一定まで知識を積み重ねれば

誰でも正覚者になれるわけですし

誤解を恐れずに言うと

とても簡単なことであるわけです

このように書くと身もふたもないようですが

悟りの世界とは

己の価値観を越えたところにあるわけですから

積み上げてきた知識に高慢になり

持っている知識だけに頼り

全てを判断しようとせず

常に私はバカであると心がけ

「直感に従い」何でも真剣に聞き

真理を学んでみるということではないでしょうか

何事も分けない姿勢や思考習慣とは

本当に賢い人かバカにしかできないものですが

己の価値観という答えのない世界で

永遠に答えを探し続けるのをやめるには

持っている知識だけで

判断しないことだと思うわけです

何事も分別してしまうのは

人間の生きるための知恵でありますが

それは人間の知恵であり

人間の物事の見方で

仏の知恵であり

仏の物事の見方ではありません

人間の知恵とは自分と全てを分け

己がいかに利を得るかを追求する分別知であり

仏の知恵とは自分と全ては同一であると考える

無分別智です

仏法は人の知るべきにはあらず

この故に昔より凡夫として仏法を悟るなし

と、今日の言葉にあるように

悟りの世界とは仏の世界ですから

人間の世界の先にはなく

仏の知恵である無分別智の先にあるわけですが

このように書いている私こそ人間であり

分別知にまみれた凡夫であるわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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