仏道をならふといふは自己をならふなり 自己をならふというは自己をわするるなり

仏道をならふといふは

自己をならふなり

自己をならふというは

自己をわするるなり

道元禅師(正法眼蔵)の言葉です

仏道というのは仏教という意味ではなく

如来になる修行の道

如来というと大げさに聞こえる方は

自己を研鑽する道と思っていただければと思います

そして如来になるには

まず自己と向き合い自己を知らねばなりません

自己を知ったうえで

自己を忘れることが如来になる道であり

自己を研鑽していく道であるわけです

何やら問答のように聞こえるかも知れませんが

己の存在を認めたうえで己を忘れるわけです

自分を認めることと忘れること

このどちらかだけやっていてはいけません

またどちらかだけでは

永遠にたどり着きません

自分を認めることと忘れること

これを少しづつ積み重ねていくと

今までと違った景色が

少しづつでも見れるようになるはずです

そしてそれを突き詰めた状態が覚りであり

如来ということです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。