他人の悪を能(よ)く見る者は 己が悪これを見ず

他人の悪を能(よ)く見る者は

己が悪これを見ず

足利尊氏の言葉です

人の欠点や失敗をよく見ている人は

自分の欠点や失敗は見ていない

という意味になります

人の欠点や失敗などをよく見たり

批判するような人が

なぜ自分の欠点や失敗をみていないかは

考えてみるとわかることです

人の欠点や失敗などをよく見ている

またいつも見ることができるということは

ようするに欠点や失敗などを見ていても

ストレスを感じないということです

だいたい見たくないものは

見ようとしないのが人間というものですが

それを見ていて問題がない人であるわけです

他人の欠点や失敗などを見て

問題がないということは

言いかえると

自分の欠点や失敗なども見ていないわけです

自分の欠点や失敗を見たり認識すると

誰でも面白いと思わないので

他人の失敗や欠点を見ても同じように

面白くないことに向き合う結果になり

自分からあまり探して見ようとしないものです

それに自分の失敗を認識していれば

自分にもそんなところはあると思えて

他人の失敗や欠点を

あまり見ようとしないものですが

他人の失敗や欠点がよく目に入る人は

自分の欠点や失敗などを見ていないから

自分も同じだと思えてないわけですし

何か問題が起きたときは

自分の失敗を見ていないので

人の責任にもできるということになるわけです

問題が起きたときに

人の責任にする思考習慣を持つと

問題の原因を探ろうとして

まず人の欠点や失敗に目を向けるわけですから

そもそも

自分の欠点や失敗を見なくても済むわけです

人間は神や仏ではなく

またそれぞれの立場で

課題を持ちながら生きているわけです

ですので

他人の失敗や欠点に目を向けるより

他に見るところはたくさんあるわけです

他人の責任にしてしまえば

失敗を学びに変えれず

自身も向上できないので

同じような失敗を繰り返すわけですが

結局、人の失敗を責めたり

欠点などに目が向くような人というのは

今日の言葉にあるように

自分の欠点や失敗を見ていない人ということであり

自責を他責にする人であるということになるので

そのような人から

注意をされたり批判をされたとしても

深刻に受け止める必要はないわけです

全ての人は清濁併せ持っているものです

ですので

清らかさが多いと思う人から

学んでいけばいいわけですから

ありがとうと感謝して

深刻になることなく

己の中にある慈愛を育てていけばいいわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

今日もお読みいただきありがとうございました!

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