俺は絶対落ち込まないのよ 落ち込む人っていうのは 自分のこと過大評価しすぎやねん

俺は絶対落ち込まないのよ

落ち込む人っていうのは

自分のこと過大評価しすぎやねん

過大評価しているから

うまくいかなくて落ち込むのよ

人間なんて今日できたこと

やったことがすべてやねん

明石家さんまさんの言葉です

私はバカ者です

それもまれに見る大馬鹿者です

そのことに気づいてからは

確かに落ち込むことはなくなりました

落ち込んでしまうということは

この言葉にあるように

自分のことを過大評価しているわけです

ようするに

自分はこんなものじゃないという気持ちと

現実に起きたことのギャップを

受け入れることができないから

落ち込んでしまうわけです

また、優秀な人にならなければならないとか

まわりからすごいと言われる人に

ならなければならないと普段から考え

それを目標に生きているような人も

落ち込んでしまうのではないでしょうか?

そういう人からすれば

失敗は許せないことであり

同時に他人の失敗についても

許すことはできないものであるわけです

反面、確かにそういう思考が

己を向上させることにつながるわけですから

大事なことでもあるわけですが

何事も過ぎたらよくないように

その思考にとらわれ過ぎてしまうと

例えば勝ち負けや優劣ばかりが目に入り

他の大事な部分に目が向かなくなるものです

そもそも人は神や仏ではありません

また機械でも壊れるのですから

人間が失敗をしないわけがないのです

にもかかわらず

故意、または過失を問わず

失敗をしないように生きようとすることは

はじめから人には不可能なことに

挑戦してしまったわけですから

苦しい方向へ誘われてしまうのも

仕方がないわけです

それと同時に人間というものは

あまり認めたくないことですが

失敗によってやっと目が開くものです

うまくいったときの学びと成長と

失敗から学べることと成長では

どちらが人をより高く導くかは

誰でも経験があるものであり

理解できるものではないでしょうか

優れた人になりたいと考え

失敗せぬように生きている人より

ちょこちょこ失敗をし

失敗から学ぶことができる人の方が

結果的に大きく育つことになる

というのは皮肉なことかもしれませんが

失敗は自分を向上させるために

貴重な学びになるものです

優秀な人にならなければと生きている人も

私のようなバカ者も同じなのは

一生懸命生きていることです

悔いのない人生をと考え

同じように生きているわけですが

一生懸命生きていても

失敗をしてしまうのが人間というものだ

ということを

知っているか知らないかによって

見える景色は大きく変わりますし

まわりにいる人の顔も違って見えてくるものです

精一杯やったけど失敗した

でもいつかは越えたいと思っている

君もやってるね、自分もまだまだ頑張るよという

謙虚な気持ちがあれば

それ以上考えることはないのではと思っています

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

全ての人が穏やかでありますように

今日もお読みいただきありがとうございました!

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