天地は限る所なし 人の性、何ぞ異ならん 寛大にして極まらざる時は 喜怒これに障らずして物のために煩はず

天地は限る所なし

人の性、何ぞ異ならん

寛大にして極まらざる時は

喜怒これに障らずして

物のために煩はず

吉田兼好(徒然草)の一文です

天地は無限である

だから人も無限の可能性を持っている

寛大な気持ちで窮してなければ

喜怒の感情に振り回されず

物欲に煩わされることもない

という意味になります

欲にとらわれてしまうと

人は必ず苦しみへ向かっていきます

ですが神や仏ではなく人間ですから

欲があるのが当たり前です

何かが欲しいというようなものから

うまくいかない、思ったようにならないという

感情がわきあがるのは

その前に「こうしたい」という欲があるわけです

こうしたいけど思ったようにならない

その思ったようにならなかったという

感情に決着をつけるために

環境や誰かの責任にする人と

自分の責任にする人にわかれます

環境や誰かの責任にする人は

永遠にその問いかけが終わることはありません

なぜなら他人を自分の思うように

変えることなどできないわけですから

永遠に問いかけが繰り返されるわけです

自分の責任と考えれる人は

いつかその問いかけから

解放されることになります

自分も頑迷に変わらない

他人も変えれないのなら

永遠に結果は同じですが

自分を変化させることで

他人を受け止めれるようになり

結果が変わる可能性は多いにあるわけです

先ほども書きましたが

人間ですから欲があるのが当たり前です

ですが欲が心を荒ませている

そもそもの原因であり

その欲が元になって

怒りや嫉妬などの感情が

育っていくわけですから

穏やかに生きていくためには

感情のコントロールをすることが必要です

ですがよく考えてみると

欲とうまく付き合えるなら

そもそも感情がわきあがってくることはないので

欲とうまく付き合う修練ができれば

感情のコントロールは必要ないわけです

欲を持っていても穏やかに生きていくコツは

欲をなくそうとすることも必要ですが

その前に欲があってもとらわない

執着しないようにするということです

硬い鋼の棒でも

一方だけに力を入れ続けると

いつかは折れてしまうように

盲目にひとつのことにとらわれたり

執着してしまう道は苦しみに向かう道です

逆に言えば

盲目的でない欲なら制御することは可能ですから

苦しみに向かわないようにするには

欲に執着し、いつしか欲が自分の主人になり

欲に使われてしまうような人生を

選ばないようにすること

欲にとらわれて

苦しみにつながる感情につなげないように

意識すること

また盲目的に欲にとらわれてしまったとしても

その欲が達成できなかったときのことも考え

冷静な部分もあわせて持つようにして

バランスをとっておくこと

欲があるのが人間ですが

その欲が元になり

思うようにならないと

一念から二念、そして三念、四念と

感情を育てていては

心に余裕がなくなり

自分とまわりを苦しめてしまいます

気持ちが窮してなく寛大であれば

自然と穏やかでいれるものです

欲にとらわれず

二念、三念とつなげていかないように

意識するというのは

ひとつの方法であるわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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