幸せとは視野の広い深遠な知識をもつことです

幸せとは

視野の広い深遠な知識をもつことです

その知識とは嘘と真実

低俗なものと高尚なものを見分ける力です

ヘレン・ケラーの言葉です

今の世は嘘と真実が逆転しています

それゆえに低俗なものも

高尚に見えてしまう世の中です

そして嘘を信じて

よくなりたいという思いとは裏腹に

多くの人はその低俗な方向へ向かって

歩いてしまうわけですが

逆に言えば「きちんと知る」ということで

すぐに変化を起こすことができるわけです

その知るということを

阻んでいる理由のひとつに

己の力を過信する

いわゆる自分は偉く正しいのだと

思ってしまうというのがあります

この世ではどこにいても

バカになれと教えるのではなく

偉くなれと教えられるものです

そのように教えられれば

真面目な方であればあるほど

肩に力を入れてしまい

偉くならなければと考え

偉くなることを目指していくうちに

自分は賢く正しいと思うようになってしまうのは

当然といえば当然の結果であるわけです

私のようなバカ者であれば

自分はバカであるという目線で

出来事をとらえますので

偉くなろうと精進はしていても

己の力を過信することはあまりないわけです

自分はバカであり、凡夫であると思っていると

あまり慢心にもつながらず

また学ばせていただくという気持ちを

いつも持つことができるので

己の力を過信している人

いわゆる自分が偉いと思っている人に比べれば

たくさんのことが見えてくるものです

世の中を見渡してみればわかることですが

自分の賢さと正しさを基準に

人間社会を渡り歩こうとすれば

必ず争いに発展します

国と国との争い、思想と思想との争い

個人と個人との争いには

どちらにも自分が信じる正義があり

それを主張しあった結果が

争いへと発展しているわけです

偉くなれと誘導すれば

このようになってしまうのは当たり前です

偉くなろうとすることがよくないと

言っているのでありません

偉くなるのはとても素晴らしいことですが

その前に人間とは愚かな生き物であり

誰ひとり完璧な人間などいない

だから精進するのだということを

あわせて手渡しておかないと

人が集まれば必ず争いが起きるような社会に

どんどん突き進んでいくだけです

どっちが正しい、どっちが優秀

どっちが劣っていて、どっちが間違ってる

そのような審判を続けていても

直面している問題は

一向に解決へと進まないでしょう

お互いバカな人間だ

だからうまくいくときより

うまくいかないときの方が多い

だからお互い考えながら

助け合ってなんとかしていこうやと

考えることができるのは

バカ道を歩く者だと思うわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

全ての人が穏やかでありますように

今日もお読みいただきありがとうございました!

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