復讐する時、人間はその仇敵と同列である

復讐する時、人はその仇敵と同列である

しかし許す時、人は仇敵よりも上にある

フランシス・ベーコンの言葉です

人を許せない人は自分を許せない人です

また許せないということは

その恨みに対して

自分の心を縛りつけることになり

執着した結果、その人から時間や力を奪い

その人自身も苦しめるわけですが

一度とらわれてしまうと

そのことにはなかなか気づけないものです

敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい

(マタイ5章 44)

と、イエスは説いています

「隣人を自分のように愛しなさい」

という有名な言葉もありますが

こうすることでどうなるのかというと

自分の心が穏やかになることによって

安らぎを手に入れることができる

ようするに

神の国は人の心の中にあると説きました

(キリスト教では違います・・・)

なにかを許すことができない人も多く

過去の出来事にとらわれしまい

穏やかに生きれない人もいますが

許すということは

自分の心の平安につながり

心の平安が神の国となり

結局は自分を苦から解放し

自分のためになるわけです

そしてそれが今日の言葉のように

許せた人は仇敵よりも上にあるということに

つながるわけです

冷静に考えてみると

自分にとっていいことばかりなのですが

そう簡単にはいかないよと思うのも事実です

一度はそうだなと思ったとしても

「やられたらやり返せ」などという

言葉を聞くと

元に戻ってしまい

恨んだり、やり返すことに執着してしまう

そんな感じになりやすい世の中かも知れませんが

そんな世の中だからこそ

そんな思考を頭の片隅に置くだけでも

人生は変わってくるし

自分を救うことになるのではないでしょうか?

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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広島市復興連携本部

今日もお読みいただきありがとうございました!

ご縁に感謝!

コメント

  1. 原田和宗 より:

    許すと許さない。
    どっちが苦しいのだろう?
    目の前のことだけなら許さないほうが簡単なのかな。
    自分もバランスが取れるし。
    でも、長い目で考えたら、
    許す方が明らかに自身を楽にするのでしょうね。
    自分は周りの人を許せているのだろうか?
    自分は周りの人たちから許されている。
    ならば、自分も許そうじゃないか!
    要らぬこだわり、執着、囚われは
    手放してしまおう!

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