怖いものがあっても それ自体にわたしたちを支配する力はないわ

怖いものがあっても

それ自体に私たちを支配する力はないわ

それを怖がる自分の気持ちに支配されてしまうの

真実を見つめれば

きっと不安から解放されるわ

オプラ・ウィンフリーの言葉です

確かに怖いものがあっても

それ自体に私たちを支配する力は

全くないわけです

どういうことかというと

今日の言葉にあるように

それを怖がる己の気持ちに

多くの人は支配されてしまうわけです

怖いものを怖いと思ってしまう

その気持ちはわからなくもありませんが

怖さの度合いにもよるのでしょうが

全ての人が怖いと思うか?と聞かれると

それはわからないわけです

怖がる自分の気持ちに

支配されたことを認めてしまうと

自分の弱さに向き合わなければなりません

そんな気持ちには

向き合わない方が楽なわけですし

ましてや怖いという感情ですから

全てを怖さの責任にしてしまっても

誰からも指をさされることもなさそうです

ですので多くの人は

全てを怖さの責任にして

受け止められない自分ではなく

怖さを責めることになりやすいわけです

ですがそういう思考に甘んじてしまうと

そもそも問題を解決する論点は

そこにはないわけですから

いつまでも同じような状況から

抜け出せなくなります

嫌な状況にならなければいいと

神頼みをしてみたり

幸運なアイテムを購入しなければと

思ってしまうようになると

もう何をどうすればいいのかさえ

見えなくなっているわけです

真実を見つめれば

きっと不安から解放されるわ

と、今日の言葉にありますが

真実とはつまり

受け止めることができない己の心であり

他の責任にしてしまう思考習慣です

その思考習慣を持つと

あくまでも悪いのは自分以外なのですから

学ぶということができなくなり

何年たっても変化、好転は期待できないし

実は越えれる力を持っていても

その力に気づくこともできないわけです

何事も問題の本質は

常に他にはなく己にあります

今の状態は自分にちょうどいいわけです

他を責めていいのは

改善に向けて己のできることを

「全て」やりつくした時

ようするに選択肢がない時だけです

そうしておいて

嫌な状況にならなければいいと

神頼みをしてみたり

何かアイテムを購入しなければと

思えばいいわけで

己は何もせず、起きたことを嘆き

自分以外の責任にして神様に頼んでも

そもそも自分で解決できることであり

神様の仕事ではないわけですから

神様も困ってしまうのではないでしょうか?

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

全ての人が穏やかでありますように

今日もお読みいただきありがとうございました!

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