悲しみと苦痛はやがて人のために尽くす心という美しい花を咲かせる土壌になる

悲しみと苦痛は

やがて人のために尽くす心という

美しい花を咲かせる土壌になる

ヘレン・ケラーの言葉です

他責の人なら

泣いたことがあっても

自分のこととしか考えませんが

自責の人であれば泣いた経験が

人のために尽くす心を育てていきます

悲しみと苦痛を自分の栄養にするには

自責の思考習慣でなければいけません

他責の思考習慣では

悲しみと苦痛はまわりのせいであり

まわりから受けたものとなり

自分の心を磨く材料になるどころか

怨嗟の対象になってしまうだけです

同じ環境や同じ出来事に遭遇しても

経験した人の後の人生がそれぞれ違うのは

そういうことなのですが

ただ自責思考は自虐的にするものではありません

起きたことに対して

自分にできることはこれ以上なかったか

もっといい行動はなかったかなどと

感情をなるべく加えないよう

自身が向上するような方向の思考で

望む未来につながるように反省するわけです

これが習慣になってくれば

例えば言われなきことを言われたとしても

火のないところに煙は立たない

その言われなきことを言われる原因が

自分にもあったのではないかなどと

言われなきことを言った相手を

感情に任せて責めたりすることなく

自分が向上していくための出来事としてとらえ

豊かになるきっかけとして

積み上げていくことができます

身に覚えのないことを言われているわけですから

そのようなときは特に

絶望したり、情けない思いをしたり

怒りを持って相手に返したくなるものですが

それをやってしまうと

怒りの連鎖を創造してしまううえに

相手の慈悲心を引き出すことはできないものです

ですので省みて、次につながるよう

原因や対処法などを思考したら

それで終わりにすればいいわけですが

出来事に感情を加え過ぎてなければ

それで終わりにしやすくなるはずです

他人は他人であり

自分の思うように生きているわけです

そんな他人を

自分の思うように変えることはできませんし

また世の中で起きる出来事を

コントロールすることは誰にもできません

また今はまだ未熟な人もいれば

すでに成熟している人もいて

それぞれのステージで

それぞれの目的に向かって歩いているわけです

豊かな人生を歩きたいのであったり

出来事に一喜一憂せず

穏やかに過ごしていきたいのであれば

自責思考と他責思考

どちらを習慣にすればいいかなど

検討するまでもないと思うわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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広島市復興連携本部

今日もお読みいただきありがとうございました!

コメント

  1. 原田和宗 より:

    他人のせいにすればその場は楽かも知れませんが
    自分の成長は望めません。
    常に自分の足元を見れる
    そんな習慣をつけたいものです。
    いつもありがとうございます。

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