愛というのは その人の過ちや自分との意見の対立を 許してあげられること 

愛というのは

その人の過ちや自分との意見の対立を

許してあげられること

フローレンス・ナイチンゲールの言葉です

人も自分も許すことができる人は

許すことのできない人に比べて

幸せな人生を送ることができます

豊かで楽になるわけですから

そうしたいと思うのですが

なかなか思うようにいきません

許すことは難しいことですが

自分を押さえつけて許そうとするから

難しいのではないでしょうか?

そもそも

自分を押さえつけて何かを許すことができるなら

自分を許すことができているからです

そのように考えてみると

無理やり許そうとするのではなく

自然に許せるようにすることであり

まずは怒りや不安などに

自分や人生を支配されない思考を培うこと

そして次に

そもそも怒りや不安などの感情を断ち

捨ててしまうということが

必要なことではないでしょうか?

駿河の国に白隠禅師というお坊さんがいました

素晴らしいお坊さんで人気も人望もあり

白隠禅師のお話を聞きたいと

お寺は毎日賑わっていたそうです

その檀家さんの一人の娘に子供ができたそうです

娘の父親が相手は誰だと聞くと

白隠禅師だと答えました

とんでもない坊主だと怒った父親は

白隠禅師のところに行き

お前の子だ、育てろと子供を渡しました

白隠禅師は子供を「あー、そうか」と引き取りました

噂はあっという間に広まります

立派な人かと思っていたがとんでもない坊主だと

村人たちが噂をする中

白隠禅師は白い目で見られながら

子供を育てるために貰い乳をするしかありませんでした

子どもの父親が誰だかわかると

相手も私も父親に怒られると思い

嘘をついていた娘は

それを見ていたたまれなくなり

父親に本当のことを話します

父親は白隠禅師のところに飛んでいき

平謝りに詫びたあと

子供をお返しくださいと頼みました

すると白隠禅師は「あー、そうか」と

何事もなかったかのように

子供を父親に返したそうです

みなさんはこの話を

どんな風に味わいますでしょうか?

白隠禅師は怒りや不安などの感情を断ち

捨ててしまっていると思うのですが

私はこんなことできるかと言って

怒り、あきれます

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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