才能で負けるのはまだ言い訳が立つ しかし誠実さや勉強、熱心、精神力で負けるのは 人間として恥のように思う

才能で負けるのはまだ言い訳が立つ

しかし誠実さや勉強

熱心、精神力で負けるのは

人間として恥のように思う

他では負けても、せめて誠実さと

精神力では負けたくないと思う

武者小路実篤の言葉です

才能で負けるということは

ある意味、当たり前であるわけです

知らなかった人より

同じことを長く続けた人が詳しいのは当たり前

またいくら積み重ねたとしても

その道が好きで仕方がない人が相手なら

いつかは必ず追い越されるものです

ですがそれは人間という視点で見てみると

問題があるどころか、全く問題ではなく

そのおかげで我々は豊かに生きているわけです

わかりやすくいうと

料理を創るのが好きな人がいるから

美味しい料理を食べることができ

車が好きな人がいるから

整備や修理をお願いできたりするわけで

才能とはその人特有のものであり

各自それぞれ違っているからこそ

バランスがとれているわけです

ですが人間性、精神性とは

全ての人間に共通することであり

才能と人間性は別のものであるわけです

言い方を変えると

特に抜きんでた才能がない人は

精神性もないのだということには

全くならないわけです

今日の言葉は

誠実さや勉強や熱心(勤勉)という

精神力で負けるのは

人として恥ずかしいという言葉であり

才能で負けたとしても

人間としての評価には全く関係なく

才能を誇る前に人間であれ

ということであるわけです

例えば物覚えという才能に恵まれず

遅いと人から非難されても

人間は生まれつき才能が違うわけですから

そんなの当たり前であるわけです

ましてそのように非難をする人も

全ての才能に対して万能ではないわけで

たまたまその人に対して

非難ができる程度の才能を持った人

というだけであり

むしろその理(ことわり)もわからないほど

精神性は低い人だと

残念ながらいうしかないわけです

だからといって

才能を軽んじているわけではありません

才能を軽んじるような人間は

むしろ精神性も低いわけです

才能が水準に足りないのであれば

熱心に勉強し、ある程度まで積み重ねていくことは

今日の言葉にあるように大事なことでしょう

だけどできないからと笑ったり

嘲るような精神性の低い人間の言葉など

本気で受け取ることはなく

笑ってありがとうと済ませてしまえば

それでいいわけです

このブログの求道者の中には

才能という道を求めている人もいるでしょうが

才能とは精神性という土台があってこそであり

精神性なき才能では

その才能が人を追い込むことになり

人を活かす方向で使われることはないわけです

また今の世は才能に視点が集まりやすく

また才能が経済や名声などに

直結することが多いものです

経済と名声もあるにこしたことはありませんが

精神性なき才能とは

一過性のものでしかないものであり

才能を誇り

経済と名声が人間の幸せであると

思考を覆われてしまっている人には

そもそもそういった発想もあるはずがなく

仕方のないことであり

わからないことであるわけですから

才能にもとづいた言葉を

本気で受け止めなければいいわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇

この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

今日もお読みいただきありがとうございました!

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。