本当に悪い天気なんてものはない ただ、さまざまな種類のよい天気があるだけだ

本当に悪い天気なんてものはない

ただ、さまざまな種類のよい天気があるだけだ

ジョン・ラスキンの言葉です

「善悪」

この世で最もいいかげんで

抽象的なもののひとつです

善悪とは人の価値観によって変わったり

地域や立場によって変わったり

時代によって変わったりするものだからです

今日の言葉にあるように

みんな同じであるというのは真理です

世の法則はバランスです

どのようなときでも0(ゼロ)であろうとし

常に0に向かって動こうとするものです

ちなみに0とは

「無い」という意味の0ではなく

1-1=0というように

最初は1であったものが

他の1と交わり0になるということですが

ようするに善がなければ悪という概念は生まれず

悪がなければ善という概念もなく

善があるから悪に光があたり

悪があるから善が際立つように

善悪や昼夜、正誤など

この世のものは全て相対的であり

お互いに影響を与え合う関係であり

一方だけでは成り立たないものであり

常にセットであるわけです

晴れ、雨、曇り、雪

それぞれが天気という、ただの特徴であり

それぞれ「いい天気」であるわけです

どの天気がいい悪いではなく

ただの特徴でしかないわけで

ようするに0です

その特徴に善悪をつけるのは

その人の個人的な価値観です

例えば雨がいやだという人は多いですが

それはその人の都合であり

その人の価値観であるわけです

それゆえに雨が降れば助かる人がいるし

雨のおかげで必要になる仕事は

いくらでもあるわけです

ただの特徴でしかないわけですから

もし良しと考えるのであれば全て良し

もし悪しと考えるのであれば全て悪いにしなければ

少しおかしい話になってきます

己の好き嫌いや価値観のみで

全ての良し悪しを決めてしまう思考習慣は

すこし狭量であるということになるわけです

そしてそれは

天気や現象、物や出来事だけではなく

人間も同じです

人間の良し悪しを

己の好き嫌いや価値観のみで

決めてしまうのではなく

ヨハネの福音書にあるように

汝らのうち、罪なき者、まず石をなげうて

自分も神や仏ではない人間なので

良しと言われることも

悪しと言われることもする

そして他の人も自分と同じように

良し悪しを併せ持つ人間だ

それゆえに全ての人間は同じであり

ひとりを良しととらえるなら

全ての人間は良しであり

ひとりを悪しととらえるなら

全ての人間は悪しになるので

人はみんな一緒であり、同じであると考える

というふうに考えるわけです

争いやいじめなど否定する行為は

どちらかが絶対的によくて

どちらかが絶対的に悪いという価値観によって

導かれるものです

万民が一致する絶対的な善悪など

この世にはないのですが

あると思って勘違いしてしまうことが

争いや不快をつくる原因のひとつであり

無明であり無知であるということなのです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇■□◆◇

土砂災害の
ボランティア情報はこちらまで↓↓

広島市復興連携本部

この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

今日もお読みいただきありがとうございました!

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。