汝らのうち罪なき者 まず石をなげうて

汝らのうち罪なき者 まず石をなげうて

ヨハネによる福音書8章 1~11節

人が人を裁くという限界についての言葉です

人を裁き糾弾する前に自分はどうなのだ?

と、我々は問われているわけです

学者たちがイエスを貶めるために

罪を犯した者を連れてきて

「この者はモーセの法によれば

石で打ち殺せとなっているがどう考えるか?」と

しつこく質問したそうです

罪を犯した者を赦せと答えれば

モーセの法に反する

かといって打ち殺すことを認めれば

自らの教えに矛盾する

イエスを危険な窮地に陥れるための質問に対し

答えた言葉がこの言葉です

この言葉を聞いて

まわりにいた人は全て去り

結局は誰も残らなかったそうです

最後にイエスは罪を犯した女性に対し

わたしもあなたを罰しない

お帰りなさい、今後はもう罪を犯さないように

と言葉をかけるわけです

この世に生きている者で

今まで罪を犯したことのない人が

いるとは思えません

ですが自らを振り返ろうとせず

他人を責めることが

当たり前になってはいないか?

そんなことを

自分に問いかけてくれる言葉です

本来、人を裁く資格があるのは

罪を犯したことのない神や仏ぐらいのものです

こうした考え方ではなく

己の価値観や善悪で人を裁こうとするから

無益な争いやいじめ

そしてそれに伴う苦しみや悲しみも

この世からなくならないわけです

己や過去と謙虚に向き合うと

自分も他人に迷惑をかけて生きてきた

バカ者であることぐらい

簡単にわかると思います

迷惑をかけてきたけれど

多くの人や力のおかげさまで

今を生きているわけですが

それは自分だけがそうだということではなく

人はみなそのように生きているわけであり

それは世に対する

大きな感謝のひとつであるわけです

みんな同じ人間です

みんないいことも悪いこともしてしまう

同じ人間であり、同じ仲間であるわけです

私はまだまだではありますが

罪をした人を責めるより

己の生き方を振り返ることができるよう

人を責めるより許せるように

私も同じだから共に精進していこうと

考えることができるよう

そしてその先にある慈悲心が

己の真となるような日々を積み重ねていく

そんなバカ道の上の者でありたいと

常に思っているわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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広島市復興連携本部

今日もお読みいただきありがとうございました!

ご縁に感謝!

コメント

  1. 原田和宗 より:

    今日も皆様に生かされています。
    感謝です。
    しかし、それを時々忘れて自分がマイルール裁判官に
    なってしまう事があります。
    自分が正義の代表か何かのつもりなのか分かりませんが
    人を弾劾したりする権利など自分にはありません。
    ちょっとした気に入らないことで
    人を裁かないようにしなくては、と思っています。
    まだまだです。
    精進いたします。
    ありがとうございます。

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