神は一人であり、人は多数である

神は一人であり、人は多数である、

一人にほめらるゝと

多数にほめらるゝと

その量をこひねごう執着のおろかしさ

しかしながら執着はつよい

八木重吉さんの詩です

神はひとりであるのに

そのひとりの神にほめられようと

成熟に向かって生きるのではなく

多くの人にほめられようと生きる

愚かさを綴った詩です。

もっと簡単にいうと

神に畏敬の念を持つような生き方を見つめずに

いいねの数を求める生き方をいつも見ているということですが

たくさんの知人がいても、

ひとりでも心が通う友がいなければ

どこか寂しい人生になってしまうのと同じで

たくさんだから豊かであり

少ないから貧しいというのは

出来事をある一面だけとらえて、単純に見ただけです。

執着はつよいとあるように

わたしたちは執着を、なかなか手放すことができないものです。

我欲を追求していくことは

そうしなければ生きていけないわけですから

この世の生きとし生けるものの多くがやることですが

わたしたちは他の生き物ではなく人間に生まれてきました。

人間に生まれてきたということは

我欲だけではない生き方が選択できるということであり

唯一この世で、人間だけが

それを高いレベルで実行することが可能なのではないでしょうか。

そう考えてみると

我欲に対する執着を手放すゲームに

わたしたちは参加しているということであって

それが簡単にいくのなら、なんのやり甲斐もないわけです。

全ての存在に畏敬の念を持つことが

わたしたちの精神性、ひいては人生を豊かにしていきますが

そこには量の問題など、どこにもありません。

そして、執着を手放すということは

わたしたち人類が参加しているゲームの、最終的なゴールであり

そもそも簡単にはいかないものです。

そのように考えてみると

量という評価に対して、

自分と向き合って、うろたえることもなく

また、うまくいかないからと自分を責めることも

少しは軽減されるのではないでしょうか。

今、いくらうまくいってなかったとしても

目的地をきちんと知り、方向を見失ってない人であれば

いつかは必ず到達します。

目的地を知らない、ゆえに方向もわからない人であれば

いくら歩いたとしても、たどり着くことは難しいでしょうが

目的地をきちんと知り、方向を見失ってない人であれば

いつかは必ず到着するわけですから、

評価にうろたえたり、自分を責めることは全くないわけです。


人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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