私たちが受け取ることの出来るものは 私たちが欲しがるものではなく 私たちが受け取るに相応しいものなのです

私たちが受け取ることの出来るものは

私たちが欲しがるものではなく

私たちが受け取るに相応しいものなのです

ジェームズ・アレンの言葉です

多くの人は

欲しがって努力をしていけば

望むものを手にすることができると

思っているのではないでしょうか

努力は尊いものであり

努力は決して間違いではありませんが

努力だけでは手にすることができません

そのように単純であるならば

世にはこれだけたくさんの成功法則が

あふれているわけですから

成功者だらけになってなければいけないわけです

自分の望む場所に行くには

単純な努力ではなく

「きちんとした」努力が必要になります

そのきちんとした努力というのは

望む場所に相応しい自分になること

その夢に相応しい自分になることです

相応しい自分とは

技術的なことも当然含まれていますが

技術の比率は大きな比率ではありません

もし大きい比率であれば

何かを習い、資格をとれば

多くの人は望む場所に行けるはずです

相応しい自分とはどういうことかというと

簡単に言うと利他が習慣になっていて

反射的に利他の行動ができる人のことです

望む場所にいくのは自分のためと

望む場所にいくのは他人のためと

また、望む場所にいくのは

他人のためもあるけどメインは自分のためと

望む場所にいくのは他人のため

どちらが応援されるものでしょうか

例えば、同じもので同じ値段なら

感じがいいお店と平凡なお店どちらに行きたいかと

同じようなことです

多くの人は自分を磨く前に

技術を磨こうとしますが

技術を活かすのも人間力です

もし技術だけで望む場所を目指すのであれば

徹底的に技術を磨くことが必要であり

短期間で身につけれる技術で

長く身を助けるものはないものです

慕われ、頼りにされる人は分野を問わず

どこにいても慕われ、頼りにされるものです

どこにいても慕われ信頼されるということは

それだけで幸せなことですし

偽りではない利他の習慣があるからこそ

人が繰り返し会いたいと思ってくれるわけですから

そのような状況の人は

技術に関係なく望む場所には近いわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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広島市復興連携本部

今日もお読みいただきありがとうございました!

コメント

  1. 原田和宗 より:

    置かれた場所で咲きなさい、
    という本が流行っているそうですが、
    同じ事を言っているのかも知れませんね。
    その人その人に相応しい場所があるのだと思います。
    信頼のおける自分になる為にも
    利他の心は前提だと思います。
    それが反射的に出来るかどうかは
    置いておいて、出来ないのだとしても
    出来るよう習慣化すればイイ話です。
    その為に日々、自分の事を
    律したいと思っています。
    いつもありがとうございます。

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