空威張りする人間は賢者に軽蔑され、愚者に感嘆され、寄生的人間にたてまつられ、彼ら自身の高慢心の奴隷となる

空威張りする人間は賢者に軽蔑され

愚者に感嘆され

寄生的人間にたてまつられ

彼ら自身の高慢心の奴隷となる

フランシス・ベーコンの言葉です

上辺を飾り虚飾の世界に生きようとすれば

賢者には見抜かれてしまい相手にされず

キツイ話ではありますが

そういった世界が好きな人たちに囲まれ

結局はその人たちの評価なしでは

自分の心を埋めることができず

隷属し生きていくことになるというわけです

空威張りする人と謙虚な人とは対極にあります

威張る人の多くは自分に自信がないので

他人から認められたいという思いがあり

それゆえに威張って自信を回復しようとするわけですし

それが「君とは違う」というような

自分に対する過大評価につながってしまうので

謙虚に向上していくことが

できなくなってしまいます

そしてそのことを

その人は気づいてないかも知れませんが

賢者はそれを見抜いています

自分ではわからないことなので

それは幸せな事かも知れませんが

はたして本当に幸せなことなのでしょうか?

知らない事を知るということは

まず変化をすることを受け入れなければなりません

変化しようという気持ちがなければ

今のままでいいわけですし、大きなお世話なのです

ですから今のままでいいということは

未来も変化しないということになります

ですが前述したように

知らない方が幸せなのか、知った方が幸せなのかは

当然、知った方がいいわけです

真実が知りたいという欲求は

人間が持つ本質のひとつです

知ったうえで「選択しない」ことと

知らずに一生を終えることは

雲泥の差があるわけです

ですがそのことをわざわざ伝えてくれても

受け取れず機嫌が悪くなるなら

意味もないことだし賢者は去っていく

だから誰も伝えてくれなくなる前に

謙虚に自らと向き合い

向上していこうとする気持ちを持つことが

大切なのではないか?

ということをこの言葉は伝えてくれています

その気持ちがあれば

「君とは違う」というような生き方を

選択する必要はありませんし

謙虚さを心に持ち続けることによって

結局、自分が向上し続けることになり

いつかは本当の自信を手に入れることに

なるわけです

「賢者が愚者から学ぶことのほうが、愚者が賢者から学ぶことより多い」

というモンテーニュの言葉もあります

この言葉を証明するには謙虚さは欠かせません

今、賢者なのか愚者なのか?ということではなく

人をバカにせず、自分は愚かだと謙虚に思い

向上する努力を怠らない人は

その瞬間からすべて賢者であるということです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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広島市復興連携本部

今日もお読みいただきありがとうございました!

ご縁に感謝!

コメント

  1. 原田和宗 より:

    人は何かある度に、慢心してしまいがちだと思います。
    正に自分の事を過大評価すると言うか。
    私も例に漏れず、直ぐに気に登ってしまう
    気質を持っております(笑)。
    其処で謙虚さを問われている次第です。
    慢心せず、過大評価もせず、
    自分は大した事ない人間なんだ、
    という事を常に胸に置いておきながら
    周りの方と接していこうと思います。
    いつもありがとうございます。

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