結局、真の知識を得ようと望むものは 誰でも艱難の山を一人で登らなければならず

結局、真の知識を得ようと望むものは

誰でも艱難の山を一人で登らなければならず

頂上への王道がない以上

私は曲がりくねりながら

登らねばならぬことに気付いたのです

ヘレン・ケラーの言葉です

ヘレン・ケラーのような人から

この言葉を聞くと

言葉の印象が二つに分かれるかも知れません

その二つとは

大変だ、キツそうだなーといった感じで思ったか

よし頑張ろうといった感じで

勇気をもらえたと思ったかです

世の中には「ここ」という頑張りどころがあります

その踏ん張りどころがあるということを

知っている人は

この言葉を聞いて勇気をもらえたのではないでしょうか?

「誰でも艱難の山を一人で登らなければならず」

というのは

この世の間違いないものひとつです

それに、人生の山登りが代行できるのであれば

もうビジネスになっているでしょうし

そうであればどんな人でも精神的自立は可能です

面白いのは苦労をした人ほど

「人生は全て楽しくいこうぜ!」と

手放しで言ってる人はいないということです

なぜならば

本来、苦労を知っている人であればあるほど

どうしたら苦労しなくて済むか?

苦労を軽減するか?を考えることができるはずです

どんな分野でも同じだと思いますが

経験すればするほど

その道について詳しくなるわけですから

詳しくなればなるほど進歩するはずです

例えば、今は簡単にわかるけど

初心者時代にはそれがわからず

失敗したことがあるから

「初心者がやりそうな失敗例」

みたいなことを失敗を回避するために

伝えることもできるので

苦労については苦労した人に聞くのが早いと

いうことになるわけですが

苦労をした人ほど

「人生は全て楽しくいこうぜ!」と

手放しで言ってる人はいないということです

こう考えてみると

全ての道には「やらなきゃならないこと」

というのがあると思うわけです

ですが「ここ」という踏ん張りどころ以外は

力を抜いていいわけです

というより、是非抜いてください

ひとつの手段だけでは

今の時代うまくいかないのが当たり前ですから

いかにバランスを取るか?という

バランス力が必要になってきます

ここという時は踏ん張り、あとは力を抜く

ただそれだけです

道というのは続いていくものです

長い旅路になるのですから

自分はこんな人間なんだという

キャラクターにこだわって

疲れるような歩き方をするより

カメレオンのように色を変えてもいいわけです

自分の可能性を自分で決めて

目線を狭くして歩くことはありません

道を歩くことが主な目的だと考えた場合

頑張り過ぎてもいけないし

「ここ」というときに

踏ん張れないのもいけないわけで

その両方のバランスを取ることができる

水のような思考のバランス力が

今の時代に最も必要とされている

楽に生きる知恵ではないでしょうか?

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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広島市復興連携本部

今日もお読みいただきありがとうございました!

ご縁に感謝!

コメント

  1. 原田和宗 より:

    艱難の山を一人で黙々と登っています。
    日1日と、色んなことを試しています。
    が、力が入り過ぎてるのかもしれません。
    遊びがないのかも知れません。
    メリハリをつけてここぞ!と言う時以外は
    力を抜いて、良い意味でカメレオンの様に
    変幻自在と言うのも面白いかもしれませんね。
    変幻自在と首尾一貫と言うのは
    両立出来るものなのかもしれませんね。
    あまり、一つのことにこだわらず、
    やって行けたら、と思います。
    ありがとうございます。

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