誰がなんといおうが本人が有り難い、幸福だと思っていたら不幸はありえない だから幸福は心が生み出すきわめて主観的なものなのだ

誰がなんといおうが

本人が有り難い、幸福だと思っていたら

不幸はありえない

だから幸福は心が生み出す

きわめて主観的なものなのだ

中村天風さんの言葉です

この言葉を裏返すと

誰がなんといおうが

本人が不満だ、不幸だと思っていたら

幸せはありえない

ということになるわけです

そう考えてみると

己の心に聞かずに他人の意見に従っても

一切考えることがなかった自分の思う幸せと

偶然に他人の意見が合致しないかぎり

幸せになることなどできないということです

そんなギャンブルみたいな

安易な選択をした人は

あなたの意見を聞いても

幸せになれなかったと

他人の責任にする人も多いものですが

全くそうではなく

幸せは己の心の中にしかない

ということを知らない己の無明と

そのようなアドバイスしかくれない人でも

いいと思った己の選択眼の責任であり

厳しいかもしれませんが

いずれにしても自責であるわけです

そのループから抜け出すには

単純にその逆をすればいいわけです

他人の責任にせず

自分の責任と考えることができれば

失敗は誰でもしたくないものですから

誰でも成長しようと学びます

今、幸せじゃないと考えている人や

いつまでも不幸だ不幸だと言っている人

全てに共通するのは

他人の責任にする人

いわゆる他責思考を変えれない人です

逆に言えば

全ての人は他責思考を変えるだけで

幸せに近づいていることを

実感できるようになりますから

本来は非常に簡単なことであり

法則だテクニックだと騒ぐほど

難しいことではないのですが

話を複雑にみせているのは

変えなきゃと本人が納得するまでの

覆いを取る作業です

例えば覆いが10枚あれば

本人が心から納得する10枚分の

考え方がいるわけです

その覆いが多い人ほど時間もかかり

感情もあり抵抗もそれだけあるものですので

いろいろな角度から見た

出来事やものの見方が

たくさん必要になるわけです

ですが反面

そのいろいろな角度から見た

出来事やものの見方を増やしても

かえって混乱することがあります

どういうことかというと

その人に必要なものは

ものの見方やノウハウの数ではなく

その人の覆いを取ることに通じる

ものの見方やノウハウでなければ

意味がないからです

今日の言葉にあるように

幸せとはきわめて主観的なものです

ようするに自分の心が決めるわけですから

他人に幸せを聞いても意味はないわけです

自分で考えることを習慣にし

行動の結果も全て自責として考えることで

うまくいけば自信

うまくいかなければ学びと

考えることができるわけですから

すぐに結果が出なくても

少なくとも今までと同じ場所に

居続けることはなくなります

そして本来はそう考えるために

覆いをとることが必要であり

覆いを取るための、ものの見方であるわけです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

今日もお読みいただきありがとうございました!

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