諸の欲望にしたがっているあいだは 心が満足を得ることが無かった

諸々の欲望にしたがっているあいだは

心が満足を得ることが無かった

しかし欲望から退き休止することを反省して見て

明らかな智慧によってよく満足した人々は

実に満足しているのである

欲望によっては満足することがないから

明らかな智慧をもって満足するほうが勝れている

明らかな智慧をもって満足した人を

愛執が支配することはできない

中村元先生 訳(ウダーナヴァルガ)

思うようにならなければ苦になり

反対に思うようになれば喜びが起きます

喜びですから

とてもいいことですよね

たくさんあるといいですね

と、言いたいところですが

よくよく考えてみると手放しでは喜べません

実は苦も喜びも

発生のメカニズムは同じだからです

苦も楽も言いかえてみると

「何かが起きると自分は揺れる」

ということになるわけです

何かが起きると自分が揺れる人生とは

まわりや誰かの影響によって

右に行くか左に行くか

わからない人生であり

まわりや誰かに支配された人生であり

まわりがコントロール可能な

人生だということです

詐欺などはその典型ではないでしょうか

脅かされたり、欲を刺激され

騙されてしまうということは

何かが起きると揺れてしまう自分がいるわけです

つらいことが起きたら悲しくなり

楽しいことが起きたら喜ぶのは

誰でもそうだと思いますが

「だけど、それにとらわれない」

というのは、できる人とできない人がいます

それができる人というのは

欲望との付き合い方を学んだ人であり

明らかな智慧を知っている人です

明らかな智慧とは

欲望が達成されても

得る満足は一時的なものであり

欲望の虜から抜け出さないかぎり

得てもすぐに新しい欲望が湧きあがり

永遠に私は満たされることがないということを

きちんと理解しているということです

そして理解することができれば

毎日が「かたじけない」という日々に変わります

かたじけないとは感謝の日々であり

満足の日々です

満足の日々に執着や渇愛はありません

満足の日々と

欲望の虜になった日々

しかも永遠に満足することがない日々

どちらを選んで生きるのが

自分にとっていいことなのでしょうか

そしてそれを可能にするには

どのような智慧が必要なのでしょうか

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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