遺恨の念は毒を飲んでおきながら それが敵を殺してくれると期待するようなものだ

遺恨の念は毒を飲んでおきながら

それが敵を殺してくれると

期待するようなものだ

ネルソン・マンデラさんの言葉です

遺恨の念を持つということは

ようするに許せないということです

許せない気持ちが元になって

怒り、憎しみ、恨み、嫉妬、嫌悪、怨念、

悲しみ、意地悪、悪意などの感情に

つながるわけですが

こうなると分かっていても

何かを許せないという人は多いです

何かが許せないと

許せない→感情が湧く→感情に支配される→ますますイライラする

ということになり

悪しき感情の元になる

「許せない」というタネを

自分で蒔いてしまっているのですから

そのタネからできた作物は

因果の法則によって

全て自分で刈り取る以外にないわけです

詳しくは↓↓

善因善果、悪因悪果、自因自果

ひとたび怒り、恨み、嫉妬、嫌悪

悲しみなどの感情が湧くと

それに対抗するのは大変です

また、許せない気持ちが強ければ強いほど

悪しき感情も大きくなってしまい

結局は負のスパイラルにのまれてしまいます

かといって多くの価値観の人がいる世から受ける

自分に対する迷惑や苦痛を

0にすることは不可能ですから

悪しき感情に左右されたくないと考えた場合

許す習慣を持つことは

自分の努力だけででき、かつ現実的です

豊かな人生を手にするために

多くの人は足し算をしようとします

目線を広げる、世界観を広げるような足し算は

どんどんやればいいのですが

「何かが達成できないと人生は豊かになれない」

という物事に対する

足し算思考を持っている人が多いようです

ですが実際はその逆で

豊かな人生を手にするには

いかに引き算をするか?につきると思っています

遺恨の話で例えると

怒りや憎しみ、恨みや嫉妬などの感情を

一度は持ったとしても

それを捨て、許すことができれば

その時点で悪しき感情が

それ以上起きてくることがないので

自らがタネを蒔き、育てた感情に

苦しめられることはないということです

悪しき感情につながる

思考や習慣を捨てることが

足すことよりは、引くことになるわけです

多くの人は遺恨の念が

その対象者や事柄を攻撃し

必殺シリーズのように

自分の恨みを晴らしてくれると

思ってしまうようですが

それは大きな考え違いで

自分が蒔いたタネから育った

その悪しき感情は例外なく

自分が刈り取らなければならないので

「人を呪わば穴二つ」ということわざもあるように

恨みを晴らしても自らも焼かれてしまいます

恨まれるようなことをするのが悪いという

考え方も往々にしてありますが

100%自分が正しいということはないはずです

それに起きたことを人のせいにし

恨んだりする習慣を持つと

他人と生きていく以上

どんなことが起きるか想像がつかないわけですから

何かが起きるたびに

人のせいにして誰かを攻撃することになり

また、心はいつまでも平穏を保てないため

結局その炎に自らも焼かれているという状態から

いつまでも抜け出すことはできません

人は誰でも、意識的・無意識を問わず

誰かに迷惑をかけながら生きているもの

意識的に迷惑をかけたことはない!と言い切れる人でも

必ず無意識のうちに

誰かに迷惑や苦痛を与えながら生きているものです

自分も迷惑をかけているにもかかわらず

その考察はせず

自分以外の行動や出来事ばかりに目がいき

何かを許せない

そんな考え方が習慣になれば

いつ誰といても、何処にいても

不平不満やグチを言うでしょうし

自分中心な物事の見方しかできないわけですから

その思考を土台にしていては

たとえ何かを手に入れたとしても

豊かな人生が永遠にやってくることはないわけです

今日の言葉のように

遺恨では敵を殺すどころか

その気持ちに囚われ支配され

時間や人生を台無しにしてしまいます

遺恨の元になる

自分は悪くないという思考を持ったまま

豊かさを手に入れようとしても

豊かさは永遠に手に入ることはなく

争いという作物ばかりが収穫されるでしょう

そうならないためには

最初は難しいかも知れませんが

悪しき作物が育たないようにするためには

どんなタネを蒔けばよかったのか?

という考察をきちんとし、考える習慣を持つことが

悪しき作物がならないタネの蒔き方です

「あの時、自分にできることは何もなかったのか?」と

常に謙虚に問いかけ

そのことを学びに変えることができれば

悪しき感情になる作物を

育ててしまうこともないでしょうし

欲しい作物のタネを蒔けるように

だんだんと上達していくものだと思います

人は過ちを犯すもの

だから神ではなく人間なのですから

お互い様だと許せるようになることは

どんな努力にも勝ると思います

それは一見、情けをかけたように見えて

実は自分を救っているのですが

自分も心底そうなれるよう

まだまだ修業の道半ばです

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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広島市復興連携本部

今日もお読みいただきありがとうございました!

ご縁に感謝!

コメント

  1. 原田和宗 より:

    過去に嫌な事が色々あり、
    何か有る度毎にフラッシュバックして
    怒りが蘇る事がしばしばありました。
    それは心底許せていないからだと思います。
    小さな許せないを増幅して、
    絶対許さない!!にするのも自分。
    まぁ、お互い様だから、と許せるのも自分。
    同じ生き方なら許す生き方をしたい。
    周りの人を許すのと同時に自身も
    許せるようになるから。
    今日もありがとうございます。

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