間違いを改めるとき 自ら間違っていたと気付けばそれでいい

間違いを改めるとき

自ら間違っていたと気付けばそれでいい

そのことを捨てて

ただちに一歩を踏み出すべし

間違いを悔しく思い

取り繕うと心配することは

たとえば茶碗を割り

その欠けたものを合わせてみるようなもので

意味がないことである

西郷隆盛の言葉です

人は間違いによって成長していくものです

というより間違いによってのみ

成長していくものかもしれません

間違いによって成長していくのですが

自分が間違ったことを

他人の責任にしていると

自ら間違っていたということに

気付くことはないわけですから

いくら間違ったとしても

成長していくことはできません

バカ道を歩く者は

間違いもたくさんしますが

それだけ成長もしていきます

というより人間というものは

神や仏ではないので

そもそも完全、完璧になることなど

できないわけですから

賢い顔をしていても

全ての人はバカであるわけです

そう考えてみると

失敗しないようにと考えている賢い人だと

失敗しないので成長する機会を失い

仮に失敗したとしても

賢い自分が失敗するわけがないと考える人だと

自分の責任ではないわけですから

反省するまでに至らず

そしてまたまた成長することもできず

バカ道を歩く者に比べると

二重に成長できなくなるわけです

バカ道を歩く者は

自ら間違っていたと気付くというより

そもそもバカであると理解しています

ようするにバカ道とは

謙虚さであるわけですから

成長し続けていくことができるし

己が完璧でないことを理解しているわけですから

他人の失敗にも自然に寛容になれるわけです

ですから今日の言葉にあるように

失敗した後、ただちに一歩を踏み出すことなど

造作もないことなのですが

人生は短いものです

どんどん失敗し

それを成長の糧にすることで

今まで見えなかった景色が

見えてくるようになっていくのは

楽しいものですよ

人生の選択はひとつではなく無限にあります

ひとつのことにこだわらず

選択の幅を増やすことは

人生を豊かに生きる

助けになると思っています

あなたの志は何ですか?

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この文章が何かの力になれば

この上ない喜びです

全ての人が穏やかでありますように

今日もお読みいただきありがとうございました!

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